1996年4月4日、私はインターネットを通じて、日本の若きグッピー飼育家、モリ・ヤスヒロ氏と連絡をとった。
森氏はすぐに、一人のグッピー愛好家を私に紹介してくれた。その人は西原秀治氏といい、大阪でグッピー
ショップを経営しながら、「アクア・ブリーダーズ・クラブ」という団体の会長職にある人だった。
西原氏は世界中のグッピーを集めてコンテストを開くことを計画していた。これが、ワールド・グッピー・
コンテストの最初の着想だった。私はすぐに、彼に援助を申し出た。そして1996年の10月下旬、私はドイツの
ブリーダたちから集めた、100Prを越えるグッピーを伴って、大阪に赴いた。最初のワールド・グッピー・
コンテストには全部で500Pr以上のグッピーを集めることができた。
このコンテストが成功した事と、私たちの共通の夢が、将来のさらなる計画の仕上げと(これは、毎年の
ワールド・グッピー・コンテストとなって実施されることになる)、グッピーの世界組織設立の起爆剤となった。
ドイツに帰国した私は、DGLZ(ドイツ卵胎生メダカ協会)の、大のグッピーファン、ヘルマン・マゴシッツ氏に、
DGLZの国際グッピーコンテストを次回のワールド・グッピー・コンテストと一緒にしてはどうか、と提案してみ
た。この提案に大いに興味を示してくれた彼は、つぎのコンテストの準備に精力的に取り組んでくれた。
1997年8月にようやく準備が整い、同年の第2回ワールド・グッピー・コンテストでは、270Prのグッピーが
世界中から提供された。コンテストは大成功をおさめた。
特に、アメリカと日本から参加者たちが強い関心をいだいてくれ、コンテストの直後に、アメリカは1998年度
のワールド・グッピー・コンテストの協賛となることを申し出てくれた。第3回ワールド・グッピー・コンテストの
準備を進めていくなかで、世界組織の礎もまた固まっていった。
その中心テーマは、コンテスト、統一基準
の設定、さらにはグッピー愛好家の集会などが、今後、世界規模でどうやって充実して
いくか、などだった。こうして1997年12月、世界グッピー協会( WGA )は設立された。
WGAは、すでに、団体、個人を問わず、数多くの会員を受け入れている。会員同士の、密で迅速な情報交換
を可能とするインターネットが当協会最大のコミュニケーションツールであることは今後も変わる事はない。
すでに、1999年には第4回ワールド・グッピー・コンテストが無事に開催された。今回は「ブラジル・グッピー・
ブリーダズクラブ」が主催者となってくれた。リオ・デ・ジャネイロで開かれた。このショーも大盛況だった。
現在、早くも、2000年のワールド・グッピー・コンテストの準備が進行している。つぎは2000年6月、
ウィーンで開催が予定されている。・・・・・・・・・